“Calcite on Myth: Myth” by YAMAMOTO Shohei from 20220311 to 20220403
Ritsuki Fujisaki Galleryでは、2022年3月11日 (金) より4月3日 (日) まで、山本捷平の「Calcite on Myth: Myth」を開催いたします。
本展では作家の最新シリーズ「Calcite on Myth」の中心となる「Myth」から「Prometheus」「Venus and Adonis」「Irene」ほかを展示します。「Calcite on Myth」シリーズは、神話的モチーフの彫像の写真データを複写した平面の上に、方解石(calcite)を含ませた絵の具をローラーで反復させるものです。
山本捷平の作品はこれまで、抽象的な画面の上に図像や記号をローラーで反復させるシリーズで知られてきました。たとえば、『reiterate-laocoonte-』はトロイ戦争の悲劇を題材とした有名な彫刻作品の輪郭をローラーで反復させ、『reiterate-ariadne-』は牛頭の怪物ミノタウロス退治の物語に登場するクレタ王女アリアドネの彫像の輪郭が反復されています。『reiterate -banana』は、アンディ・ウォーホルが手がけたヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムジャケットを彷彿とさせる「バナナ」の図像が反復されます。
山本はAdobe Photoshopなどの画像編集ソフトを使用し、パネルのサイズやローラーの直径、反復の方向を調整することでシミュレートしてから、いわゆる「実作」にとりかかります。作家の特徴的な道具である自作のローラーによって生みだされる反復は、シミュレーション(計画)を裏切る一回性を作品にもたらすものとして位置づけられています。パネルの上に置かれた絵の具はローラーによって潰され、反復されるごとにかすれ、図像や記号は減衰していきます。
山本の制作方法は、図像や記号といった表象全般が電子的な操作によって容易に複製される現代の状況を所与のものとしながら、その一部をアナログ化することで、イメージの反復が氾濫するそれぞれのプロセスのただなかにある物質性を浮かび上がらせるものです。
一見すると無邪気に絵の具を撒き散らしたように思われがちな作品で知られるジャクソン・ポロックは、自身の制作方法(ドリッピング、ポーリングと呼ばれる)は完全に制御されており、一般に考えられているようなランダム性は無いと主張していました。ポロックの発言が単なるハッタリに過ぎないとしても、少なくともこの逸話には何らかの技法に習熟したヴィルトゥオーゾ性の権威の残響を聞きとることができるでしょう。ポロックの作品への評価は、見た目上のランダムさと、作家が主張したとされる「(技法による)コントロール」とのあいだで揺れ動くことになります。
作家の個性や意図、感情を画面に描きこむ近代的なスタイルが相対化され、いかに「描かないか」が問われる現代のシーンで山本は、レディメイドな図像や記を反復することを選択しました。山本はポロックと同様に絵筆を手放しローラーを手にすることで、たとえばポロックにおいては決定不可能だった意図と非意図(偶然性)を絵の具の付着の具合にまで切りつめていきます。
山本の作品を眺めるとき、鑑賞者は作品そのものの全体からは構図や図像の反復からの(作家によってコントロールされた)印象を受け取り、画面の細部に目を向けるときにはローラーの回転がそのつど残していった痕跡の具合を味わうことになります。
山本捷平の最新シリーズとなる『Calcite on Myth』は、これまでの山本作品で地図の「地」と「図」がいわば反転したかのような構造になっています。既存の図像や記号は過去作ではローラーで反復される「図」の位置にありましたが、今回のシリーズでは、オンラインで取得できるレディメイドな彫刻作品の図像がパネルに転写され「地」の側へと後退しています。
過去作品では「地」の側にあった抽象的な面が、図像や記号にとって代わるように手前に移動しています。
彫刻作品の姿を覆うように反復される白い絵の具には、方解石(calcite)が混ぜこまれています。彫像の素材や建材としては大理石と呼ばれる鉱物です。絵の具への配合率を変えてテストを繰り返し、本シリーズに見られる独特のザラつきが実現されています。
反復され減衰していく真っ白な絵の具と方解石の作りだす質感と、その向こう側の「神話」を覆うこのシリーズが投げかけてくる問いを、ぜひ本展で体感してみてください。